山下りん―明治を生きたイコン画家 (ミュージアム新書)本無料ダウンロードpdf
山下りん―明治を生きたイコン画家 (ミュージアム新書)
によって 大下 智一
山下りん―明治を生きたイコン画家 (ミュージアム新書)本無料ダウンロードpdf - 山下りん―明治を生きたイコン画家 (ミュージアム新書)は必要な元帳です。 この美しい本は大下 智一によって作成されました。 実際、この本には209ページあります。 山下りん―明治を生きたイコン画家 (ミュージアム新書)は、北海道新聞社 (2004/04)の作成によりリリースされました。 山下りん―明治を生きたイコン画家 (ミュージアム新書)の簡単なステップでオンラインで表示できます。 ただし、ラップトップ用に保管したい場合は、ここで保存できます。
内容(「BOOK」データベースより) 「余、生来画を好む…」聖画にこめた情熱と苦悩。 内容(「MARC」データベースより) 祈りのために描かれる聖なる像、イコン。明治のはじめ、このイコン画家になるため、単身ロシアに留学した女性画家・山下りん。先行研究の成果を踏まえながら、山下りんの人生と画業を紹介する。カラー図版多数収録。 商品の説明をすべて表示する
以下は、山下りん―明治を生きたイコン画家 (ミュージアム新書)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
ロシアのエルミタージュ美術館に日本人女性のイコン画がある。その人の名は山下りん。日本で初めての公立美術学校、工部美術学校初めての女子学生だ。その生き方はストレートである。絵を学びたいが為に、15歳(明治5年)で茨城の笠間から、家出する。連れ戻されるが、翌年、家人を説得して東京へ。浮世絵師国延の門下にはいるが5日で、師にあらずということで国周のもとへ、17歳にして円山派の藍雪のもとへ、翌年洋画家中丸精十郎の門下へ。翌年、工部美術学校へ本家の支援を受けて入学。そこでの同級生の関係で、ニコライ堂で有名なハリストス正教へ入信。それからすぐに、ロシア語も学ばずにロシア留学。ニコライの目的は、イコン画を学ばすためであるが、りんの目的は洋画を学ぶため。ペテルブルグの修道院でイコン画を学ぶことになる。が、エルミタージュ美術館などに行き、西洋画へ傾倒し、イコン画がつまらなく思え、2年で戻ることになる。その後、いったんは正教会を離れるが、その後、日本の至る所の正教会のイコン画を描くこととなる。「余、生来画を好む・・・」そのために、師を求めてさまよい、ロシアまで単身で留学する明治の女性。そのたくましさと、情熱に対して、畏敬の念を禁じ得ない。
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